ACVSツール用語説明

かかりつけ医と専門医をつなぐツール(青・赤ツール)使用に当たって、ご理解の補助として用語集を作成しました。

ACVS acute cerebrovascular syndrome 急性脳血管症候群

米国で脳梗塞、TIAの診断基準の議論が行われていたころに提唱された概念です。以下の1~3の疾患を包括する用語(umbrella term)であり、画像診断以前の初療医がこれらの疾患を疑う場合の暫定診断名(脳卒中疑い)です。
1.急性脳出血(脳出血 くも膜下出血) 
2.急性脳虚血(AICS:脳梗塞 TIA)
3.非血管性診断(TIA mimics:疑似TIA)

※神奈川脳神経科医会では、脳卒中を広く疑うことのできる、

「突然発症の病歴」 「神経機能障害の病歴」

の2つの問診をもとにACVSの暫定診断名を与えることを合意しました。

さらに、ACVSの高リスクの指標として、
①発症から48時間以内
②1週間に2回以上の発作をみるcrescendo type
③心房細動の既往
④明確な局所神経症候の病歴

とし、一過性の神経症状が確認できれば直ちに専門医療機関への紹介することを推奨しています。

AICS Acute ischemic cerebrovascular syndrome 急性期脳梗塞

脳梗塞とTIAを包含した概念です。ACVSから出血が否定されればAICS疑いとなり、さらにTIA mimicsを除外したものがAICSです。KidwellらはAICS疑いを、Definite, Probable, Possible, NOT AICSに分類して、TIAか否かではなく、「脳卒中・TIAらしさ」で表しています(Kidwell et al. Stroke, 34(12), 2995-2998)。ACVSを疑った場合、AICS診断のみならず、病態を明らかにして抗血栓薬を使わなくてもよいのか、またはどのように使うべきかまで追求することが必要です。

DWI diffusion weighted image 拡散強調画像

脳梗塞の初期診断のgolden standardであり、脳梗塞かTIAの鑑別には必須の撮影法です。短時間で撮影が可能で、撮像の厚みを小さくするほど検出率が高くなる。水分子の生体内での拡散現象を画像化する方法で、拡散が低下した領域が高信号で表示されます。

ICT Information and Communication Technology

情報通信技術。コンピュータを単独で使うだけでなく、ネットワークを活用して情報や知識を共有することも含めた幅広い言葉です。

JSA The Japan Stroke Association 公益社団法人 日本脳卒中協会

脳卒中に関する正しい知識の普及及び社会啓発による予防の推進並びに脳卒中患者の自立と社会参加の促進を図り、もって国民の保健、福祉の向上に寄与することを目的として1997年3月に設立された法人で、全国に48の支部(46都道府県、2政令指定都市支)があります。

※神奈川県支部は、平成20年に開設され、横浜市支部とともに活動を推進しております。県内の脳卒中医療の均霑化への取り組み、脳卒中搬送例を対象に治療効果、搬送手順の見直し・脳卒中医療の改善などを適宜に行っています。脳卒中を発症した患者のすべてが救急搬送されるわけではなく、自力で歩ける人、一過性脳虚血発作(TIA)の4 割以上がかかりつけ医を受診しています。2011 年から神奈川脳神経科医会とともに実臨床に有用なTIA の行動指針の作成、かかりつけ医・専門医向けの診断、対応ツールの作成、連携モデルの構築を行い、TIA 実態調査COMBAT-TIA study を県下で行ってその成果を公表しています。

MRI/A magnetic resonance image/angiography 磁気共鳴画像

非常に強い磁石と電磁波を利用し、人体を任意の断面(縦・横・斜め)で画像表示することができる検査です。 X線を使わず磁石を用いて検査を行うため、放射線被ばくの心配がありません。MRAは、血管を描出した画像です。

TIA Transient Ischemic Attack 一過性脳虚血発作

「局所脳または網膜の虚血に起因する神経機能障害の一過性のエピソードであり、急性梗塞の所見がないもの。神経機能障害のエピソードは、長くとも24時間以内に消失すること」と定義されています。

※当初は、CTやMRIのない時代に確立した概念で、「右麻痺+失語」のような脳卒中の症状が24時間以内に完全に消失するものです(24時間以上続くものを脳梗塞と定義)(time-based definition)。以降の変遷として、近年のMRI技術の進歩を反映し、24時間を待つことなく脳梗塞が診断されるようになり、2009年すでに米国では、画像上梗塞があるものが脳梗塞、ないものがTIAという、脳組織の状態に基づく定義に変更しました(tissue-based definition)。脳卒中治療ガイドライン2021年度版では、TIAを疑えば、可及的速やかにMRI評価を行い、脳梗塞発症予防のための治療を直ちに開始するよう勧められています。根拠として、TIA後24~48時間の比較的早期に脳梗塞を発症することがあり、早期に治療を受けた場合、90日以内の大きな脳卒中発症率は80%軽減されます。このため、TIA発症後48時間以内は、直ちに脳神経クリニックや一次脳卒中センターと連携することが推奨されます。(Shima H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2022 Jan;31(1):106185.)

TIA mimics 疑似TIA

脳血管障害以外の疾患による症状により脳卒中様の臨床像を呈する病態を示す用語であり、原因としては主にてんかん、片頭痛、低血糖症や肝性脳症等の代謝性疾患、脳炎や脳腫瘍等の神経疾患など多くの病態が含まれます。

t-PA tissue-plasminogen activator

発症から4.5時間以内の急性期脳梗塞に対する標準的な治療で、詰まった血栓を溶かす作用があります。これを急速に点滴し、血栓を溶かして再度血液が流れるようにする治療です。日本では2005年10月に保険認可され、発症から4.5時間以内に治療可能な虚血性脳血管障害で慎重に適応判断された患者に対して強く勧められます。また2019年3月には『発症時間が不明な時でも、一定の条件下ではこの治療を考慮しても良い)』(静注血栓溶解(rt-PA)療法適正治療指針第三版より)が加わりました。

機械的血栓回収術 Mechanical Thrombectomy

カテーテルによる血管内治療の1つであり、様々なデバイスが開発され、脳血管に詰まった血栓を除去し血管を広げ脳への血流を改善させる、今日における非常に効果的な治療法です。脳虚血の後遺症また脳浮腫のリスクを軽減し、開頭手術の必要性が低くなります。

脳卒中:

脳の血管が詰まったり破れたりして起こる脳梗塞、脳出血、くも膜下出血の3疾患を脳卒中と呼びます。卒然と中(あた)る緊急疾患の1つです。

脳出血

脳の細い血管が裂けて、脳の組織の中に直接出血することです。 前触れ症状はほとんどなく、ある日突然に起こります。 出血した血液は血腫という塊をつくり、これによって直接的に脳細胞を破壊したり、周囲の脳組織を圧迫したりして、様々な脳の働きを傷害します。

くも膜下出血

脳は3層の膜によって守られています。外側から、硬膜・くも膜・軟膜です。このうち、くも膜と軟膜の間にあるくも膜下腔という隙間において、動脈が破裂し、血液が急激にくも膜下腔に流入した状態のことをくも膜下出血と言います。「バットやハンマーで殴られたような」「これまでに経験したことのない」などの表現をされる程、「突然」の「激しい頭痛」症状を主訴とされることが多いです。それ以外にも悪心や嘔吐、意識障害やけいれん、頚部痛を伴うこともあります。激しい頭痛ではないケースもあり、診断を難しくすることには注意が必要です。原因としては、脳動脈瘤の破裂が全体の8割以上を占めます。くも膜下出血発症直後も、出血した部分は一時的に止血されますが、血圧の上昇などで再出血することもあり、頭蓋内圧の上昇などで、脳全体がダメージを受け、予後が非常に不良となることが多くあります。そのため、くも膜下出血の急性期治療では、脳動脈瘤の「再出血」を防ぐことが重要とされています。他にも、脳動静脈奇形という脳血管異常が、全体の0.5~1割程度を占めます。

開頭クリッピング術

破裂脳動脈瘤や未破裂脳動脈瘤の治療法の一つ。頭を開けて脳動脈瘤の根本に直接チタン製のクリップをかけ、脳動脈瘤へ血液が流れないようにする手術です。(手術の)侵襲性もあるため、高齢者の方には不向きとなりますが、直接術部を見ながら行うため、確実性が高く、同じ部分の再発リスクは低いといえます。

コイル塞栓術

破裂脳動脈瘤や未破裂脳動脈瘤の治療法の一つ。主として大腿動脈から細い管(カテーテル)を挿入し、脳動脈瘤まで到達させ、脳動脈瘤内へコイルをくるくると詰めて塞栓する「コイル塞栓術」があります。脳動脈瘤にコイルを詰めることで、血液の脳動脈瘤内への流入を防ぎ、再破裂を予防します。頭を開けずに治療できるため、高齢者の方でも施行可能です。患者様の年齢、動脈瘤の大きさ、形態、部位等に応じていずれかの治療を選択することになります。

未破裂脳動脈瘤

脳ドックなどで偶然発見された脳動脈瘤。脳動脈の血管壁が薄くなったりもろくなったりする場所ができ、そこが膨らんで血液が入り込み、コブのような形状になります。破裂するとくも膜下出血となります。脳動脈瘤ができる原因は未だ詳しく解明されていませんが、その形態や大きさによっては、開頭クリッピング術やコイル塞栓術によって破裂を回避してクモ膜下出血の予防に繋がります。

一次脳卒中センター(primary stroke center, PSC

≒脳卒中専門病院

日本脳卒中学会が認定・公表している24時間365日tPA静注に対応できる施設。

一次脳卒中センターコア施設(PSCコア施設)

日本脳卒中学会が認定・公表している24時間365日tPA静注に加え血管内治療にも対応できる施設、PSCコアの施設名、住所は、日本脳卒中学会のホームページに毎年更新されています。

脳神経クリニック

MRI/CTを有し、脳神経内科専門医もしくは脳神経外科専門医が常勤しているクリニック。複数の脳卒中センターと連携をとっているため、早期診断と情報提供/患者転送を迅速にすることができる特徴がある。

脳梗塞

何らかの原因で脳の動脈が閉塞/狭窄し、血行不良となって脳が壊死してしまう病気です。大きく分けて3つあり、脳塞栓症(心房細動や頸動脈プラークからの塞栓子による)・アテローム血栓症(動脈硬化による狭窄/閉塞による)・ラクナ梗塞(毛細血管直前の細い動脈の閉塞による)。片方の手足の麻痺やしびれ、呂律が回らない、言葉が出てこない、視野が欠ける、めまい、意識障害など様々な症状が突然出現し、程度は様々ですが多くの方が後遺症を残します。(本ツール内参照:顔・腕・言葉に目とふらり BE-FAST)

心房細動

心房が十分な収縮をせず、けいれんするように細かく震える(異常な興奮が持続する)ことで脈が不規則になる病気です。このため動悸、息切れあるいは倦怠感などの自覚症状をきたします。心房細動の有病率は年齢が進むにつれて上昇し、高齢化社会の日本では心房細動患者さんの数は増えています。心房細動では左心房(おもに左心耳)に血栓ができて、頸動脈から脳へ達して血管をふさいでしまう心原性脳塞栓症をきたします。血栓によって血管が詰まる病気(血栓症)では、血栓が大きいほど太い血管で詰まってしまい、その先の組織や細胞に血液が届かずダメージを与えてしまう範囲(梗塞範囲)が大きくなります。心房細動による脳梗塞は、他のタイプの脳梗塞に比べて重症になりやすいのです。一度の脳梗塞で死に至ることも多いため、「ノックアウト型脳梗塞」と呼ぶ医師もいるほどです。運良く命が助かったとしても、言語障害や運動麻痺など重い「後遺症」が残ることも少なくありません。

神奈川脳神経科医会

神奈川県下で脳神経内科、脳神経外科およびその周辺領域に関するすべての医師の集まりです。最先端医療に従事する医師から地域医療を担当する医師まで、医学研修・地域医療・保健情報を共有して日々研鑽を重ね、日常診療の発展に資するとともに市民の健康を守ることをミッションとしています。本「ACVS 青・赤ツール」の作成も担当しています。2012年、かかりつけ医向けのTIA診療ツールとして青ツールを、専門医向けに赤ツールを作成しました(神奈川県医師会ホームページで閲覧可能)。

その後の検証により日本版TIAクリニックを中心とするトリアージシステムの有用性が示唆された(Taguchi H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2016 Apr;25(4):745-51.)。