はじめに
 神奈川脳神経科医会ACVS委員会では、2011年に「一過性脳虚血発作(TIA)への対応について」と題して青・赤ツールを作成し、改訂を重ねてまいりました。今回、ここ最近のTIAに関する様々な変化を考慮して、このツールを大幅にversion upしました。初療医が診断と初期対応に困らないよう配慮し、TIAにこだわらず、「歩いて受診する急性脳血管症候群(ACVS)の初期対応と医療連携」と、表題も変更しています。ここでは、非専門医の医療スタッフの方々が本ツールを読み進める際の理解の一助とするため、下記Q/A集を作成しました。内容に関しては、あくまで本委員会で議論が重ねられて同意が得られたものとなっています。

 症状が軽微あるいは一過性で終わったため、自らの身に生じた異常体験が「脳血管障害かもしれない」との思いに至らず、身近なかかりつけ医等を受診する脳卒中あるいは一過性脳虚血発作(transient ischemic attack: TIA)を指します。

 国内1万人以上を対象としたアンケート調査の結果、片麻痺等の神経脱落症状が軽微ないし一過性で完全消失した場合、まずかかりつけ医に相談すると答えた人が41.8%と最も多かったと報告されています(Akiyamaら)。一般に軽症脳梗塞・TIAを見逃せば、48時間以内に大きな脳梗塞に移行しやすく、4~6%が3か月以内に脳梗塞を発症するとされており(Uehara, Hoshino)、歩いて受診する脳卒中・TIAは、重篤な脳卒中の前触れと考えて対処しなければなりません。初療医による緊急性の的確な判断(トリアージ)と専門医療機関への紹介が重要ですが、歩いて受診する脳卒中・TIAは、救急搬送される脳卒中患者以上にその診断は容易ではありません。かかりつけ医等と専門医療施設の医療従事者との連携が適切に行われる様、日常診療におけるツールの活用等が求められます(循環器病対策推進計画、令和2年10月)。
1) Akiyama H, et al. J Stroke Cerebrovasc Dis 2013
2) Akiyama H, et al. Intern Med 2013
3) Uehara T, et al. Int J Stroke 2017
4) Hoshino T, et al Stroke 2017
5) 循環器病対策推進計画、令和2年10月、18P

Q2

TIAの定義はどの様に変わったのですか?

 現在TIAは「局所脳または網膜の虚血に起因する神経機能障害の一過性のエピソードであり、急性梗塞の所見がないもの。神経機能障害のエピソードは、長くとも24時間以内に消失すること。」と定義されています。

TIAの概念は、CTもMRIもない時代に確立し、これまで片麻痺などの局所神経症状が24時間以上持続するものを脳梗塞、24時間以内に完全に消失するものをTIAと診断していました(time-based definition)。初療段階ではすでに神経脱落症状が消失していることの多いTIAの診断は、病歴をよく聴取して行うべきものとされてきました。しかし拡散強調MRIの出現により、発症間もない時期から梗塞巣を描出できるようになり、これまで臨床的にTIAと診断していたものの多くに急性梗塞の所見が見られ、その治療も脳梗塞と変わらないことが明白となりました。TIAの定義の変更は、この拡散強調MRI 出現以降の診療実態を反映したものであり、画像上梗塞巣があれば脳梗塞、なければTIAとする定義に変更されたものです(tissue-based definition)。たとえ症状が一過性であったとしても、拡散強調MRIで急性梗塞の所見があれば脳梗塞と診断し、TIAと診断する事はありません。このことは、片麻痺などの症状を主訴に来院した患者の初療にあたる医師の立場から見れば、画像診断を行わない段階でTIAか脳梗塞かの診断は不可能であり、適切な診断・治療のためには、緊急性の的確な判断(トリアージ)に基づいて画像診断装置を有する専門医と後方連携を図ることが重要となります。

1) https://www.jsts.gr.jp/img/tiateigi_201910.pdf (accessed on 17 Mar, 2023)

Q3

急性脳血管症候群(acute cerebrovascular syndrome: ACVS)とは何ですか?

初療医が脳血管障害を疑う患者に与える暫定診断名です。

ACVSは、脳梗塞も脳出血も、非脳卒中も広く包含するumbrella termで、日本語にすれば「脳卒中疑い」とほぼ同義となります(Albers)。脳卒中は脳の血管が詰まったり(脳梗塞)、破れたり(脳出血、くも膜下出血)して起こる病気の総称ですから、その病歴は神経脱落症状の突発 (sudden onset)が特徴となります。神奈川脳神経科医会では、突然発症の病歴、神経機能障害の病歴の2つの問診をもとに初療医がACVSの暫定診断名を与えることを提唱することとしました。初療医が明確に定義されたこの用語を用いることの意義は、ACS(急性冠症候群、acute coronary syndrome)を初療段階の暫定診断名として取り入れて救急医療を整備、深化させてきた虚血性心疾患の歴史と同様、かかりつけ医が初療の主役となりうる脳血管障害の救急医療整備に役立つものとの合意に至り、新しい青ツールに取り入れました。また、本会ではCT等で出血性脳血管障害が否定されたACVSをacute ischemic cerebrovascular syndrome (AICS)と呼ぶことを提唱しています。

1) Albers GW. Nat Clin Pract Cardiovasc Med; 2006 Oct;3(10):521.
2) Easton JD et al. JAMA; 2022 Mar 1;327(9):813-814.
3) 小菅雅美ら. 日内会誌; 2021; 110: 78-84.

Q4

ACVS(TIAを含む)はなぜ怖いのか?

ACVS/TIA 後、48時間以内に脳梗塞に移行しやすく、4~6%が3か月以内に脳梗塞を発症すると言われています。

 TIA が脳梗塞の前兆であることはよく知られています。Rothwellらは、脳梗塞患者の23%に先行するTIAがあったと報告しています。(Rothwell2005) 一方,TIA は治療なしに症状が自然に消失してしまうため,患者や家族に軽視されがちで、医療機関に相談されないことの危険性を周知することが必要です。
 TIA 後の脳梗塞のうち17%はTIAの当日、9%は翌日、43%は1週間以内に発症するとされています(Rothwell 2005)。ACVS/TIA 後、48時間以内に脳梗塞に移行しやすく、4~6%が3か月以内に脳梗塞を発症すると言われています(Hoshino, Uehara 2017)。
TIA の危険性を十分に認識せず,医療機関への受診や治療開始が遅れることで完成型脳梗塞を発症し,障害を残してしまう症例は依然少なくありません。発症防止のために早急な治療介入、危険因子の評価のための医療連携が必要です。
 

1) Rothwell PM et al. Neurology; 2005; 64(5): 817-20.
2) Hoshino T, et al Stroke 2017
3) Uehara T, et al Int J Stroke 2017
4) Easton DJ et al. Stroke 2009; 40(6): 2276-93.

Q5

TIAのパラダイムシフトは、どのように推移してきたか

 TIAは画像診断のない時代に、臨床診断に基づいて抗血栓療法を開始するためにできた診断名です。MRIが普及し、TIA後の脳梗塞発症リスクが注目されたことにより、TIAの診断にはMRIによる拡散強調画像で新鮮脳梗塞を除外することが必要となりました。

 TIAはもともと、CTもMRIもない1950年代に、明確な血管症候群を呈するもののみをTIAと臨床診断することにより始まりました。1967年にアスピリンの抗血小板作用が発見され、臨床診断からアスピリンを投与できるようになりました。1973年に米国NINDS脳血管障害分類第II判において、TIAは「血管症候群による一過性の局所神経症状で、多くは2~15分、長くとも24時間以内に消失する」とされました。(Stroke1975)。最近までわが国では、TIAを1990年刊行の米国NINDS脳血管障害分類第III版(Stroke1990)に準じて, 「脳(または網膜)の虚血によって生じた局所神経症状または徴候が24 時間以内に完全に消失する発作を言い、CT やMRI で新たな梗塞巣が確認されるか否かは問わない」と定義して診断してきました。しかし、MRI の普及により症状が 1 時間以上継続するものは画像検査で高率に虚血病巣を認めること、24 時間以上待たないと TIAと診断できないことは臨床現場にそぐわないなどの問題がありました。
拡散強調MRIの出現によりわずかな急性期脳梗塞も容易に診断可能となった今日、虚血脳組織の状態により梗塞かTIAかを定義する tissue-based definitionの妥当性が認識される様になりました。2009年米国心臓協会及び脳卒中協会(AHA/ASA)は、旧来のTIAの定義を廃し、「局所脳、脊髄または網膜の虚血による神経機能障害の一過性のエピソードであり,急性梗塞を呈さないもの」とする新たな定義を採用しました(Easton JD 2009). 2019年、日本脳卒中学会はTIAの定義を「局所脳または網膜の虚血に起因する神経機能障害の一過性のエピソードであり,急性梗塞の所見がないもの. 神経機能障害のエピソードは, 長くとも24時間以内に消失すること」と定め、我が国でもtissue-based definitionに移行することが明確となりました。すなわちTIAは局所神経症状の有無に基づいて臨床診断した時代から、局所性, 非局所性症候にかかわらず虚血による神経症状と画像診断の結果によって診断が下される時代となったのです。

1) No authors listed. Stroke. 1975 Sep-Oct;6(5):564-616.
2) Easton JD Stroke 2009
3) https://www.jsts.gr.jp/img/tiateigi_201910.pdf (accessed on 17 Mar, 2023)
4) No authors are listed: Special report from the National Institute of Neurological Disorders and Stroke. Classification of cerebrovascular diseases III. Stroke 21: 637-676, 1990
5) 岡田 靖ら. 脳卒中 2010; 32:704–709.

Q6

今までのTIAにおける医療連携は何が問題だったか?

TIAは診断が難しい一方で、後遺症を引き起こす危険な状態でもあります。今までTIAのトリアージについての行動指針が明確化されていないため、どうしても地域の医療事情による差異が生じてしまうことが問題でした。

 TIAは少しでもTIAの疑いがあれば、一刻も早くMRI拡散強調画像を撮影し、必要に応じて救急病院に入院させるべき疾患です。しかし初診時にすでに症状が消失していることが多い疾患であるため、診断や方針決定に悩む疾患でもあります。一方で、すべてのTIA疑い症例を救急病院に送り込んでは、救急病院の負担が過大になる可能性があります。かかりつけ医の立場では、初療医として接触する機会が多い疾患であるにもかかわらず、具体的な行動指針がないことが問題でした。このため、地域の医療事情を考慮した説得性、透明性のある合意点を作る必要性が生じました。
 実臨床に有用なTIAの行動指針を策定する目的で、2011年に神奈川県脳神経医会は初版青ツール赤ツールを作成し、「TIA疑い例」のリスクの層別化からトリアージまでを提示しました。これらは、一般開業医と脳神経内科・外科専門医が在籍するクリニック、救急病院が連携して”Zero preventable disabilities”(回避できる障害の発生を防ぐこと)を目的としています。

1) Taguchi et al.
2) https://www.kanagawa-nna.com/ (accessed on 19 March, 2023)

Q7

ACVS/TIAについて、神奈川脳神経科医会で何をしてきたか?

 本会では実臨床に有用なACVS/TIAの行動指針を明示したツールを作成し、データ集積、検証、論文報告を通じて社会実装に資するように取り組んでいます。

神奈川脳神経医会では2011年に、かかりつけ医向けのTIA診療ツールとして青ツールを、専門医向けに赤ツールを作成しました(神奈川脳神経科医会ホームページで閲覧可能)。1) 青ツールにはTIAを疑えば、どのように診断、リスクの層別化を行い、どのようなタイミングで専門医に紹介すれば良いのかを示し、赤ツールにはTIAの診断を「TIAか否か」ではなく、Acute Ischemic Cerebrovascular Syndrome(AICS)の分類を用いた共通の指標を提唱しました。その後の検証(COMBAT-TIA study)により青ツール/赤ツールを用いた地域連携によるトリアージシステムの有用性が示唆されました(Taguchi)。また、サブ解析において、非局所性神経症状を呈するTIAでは、ABCD2スコアによるリスク分離が困難であることを示しました(Shima)。
 また本会では、脳卒中を広く疑うことのできる、突然発症の病歴、神経機能障害の病歴の2つの問診をもとにACVSの暫定診断名を与えることを提言しています。この用語を用いる意義は、ACS(急性冠症候群、acute coronary syndrome)を初療段階の暫定診断名として取り入れて虚血性心疾患の救急医療を整備した歴史と同様、かかりつけ医が初療の主役となりうる脳血管障害の救急医療整備に役立つ点にあります。今回地域連携の変化のあるべき姿を模索し提案する目的で、青ツール/赤ツールの改訂版を作成しました。神奈川県内全域での運用を目指し、また今後は全国でも使用可能な形への発展を目指しています。

1) https://www.kanagawa-nna.com (Accessed on 3 March, 2023)
2) https://www.jsts.gr.jp/img/tiateigi_201910.pdf (Accessed on 3 March, 2023)
3) Taguchi H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2016 Apr;25(4):745-51.
4) Shima H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2022 Jan;31(1):106185.

Q8

ABCD2スコアは、なぜACVSの初期対応において世界のガイドラインから外されつつあるのか

ABCD2スコアは、高得点の場合に脳梗塞発症リスクが高いことが示されますが、低得点だからと言って安全とは言えない点に注意が必要です。

 脳卒中治療ガイドライン2021において、TIA後の脳梗塞発症の危険度予測と治療方針の決定には、ABCD2スコアをはじめとした予測スコアの使用が妥当であるとされています。また、本会によるCOMBAT-TIA研究の結果でも、ABCD2スコア4点以上の症例群での脳梗塞再発率が高かったことを報告しています。
TIAの初療を総合医(GP)が担う英国は、かつてABCD2スコアによる連携医療体制を用いていましたが、2019年にこれを廃し「ABCD2及びABCD3の単独使用によるTIAの低リスクと高リスクの判別能が低いことが明らかとなった。 ABCD2 I や ABCD3 I の様に、これらのスコアに脳と頸動脈イメージのデータを追加したとしてもわずかに判別能が上がるのみである。また日常診療あるいは救急隊レベルで適切な画像診断の情報を得ることは困難である。TIA後の脳梗塞のリスク判別能の低いツールの結果をもとに患者を専門医に送ることを遅らせることは有害である。したがってガイドライン委員会はこれらのリスクスコアを用いるべきではないとの合意に達した。リスクスコアの予測能が限定的であることに鑑み、すべてのTIA疑い例は脳卒中リスクを有すると考えるべきである。」とガイドラインの記載を変え、ABCD2スコアの使用をやめています。
米国でも、ABCD2スコアが低いことをもって早期退院させることの危険性が示され、米国、カナダなどのガイドラインでABCD2スコアによるリスク評価は強調されなくなりました。COMBAT-TIA研究においても、ABCD2スコア0~2点の群のうち4.7%, 3~4点の群の24.1%にMRIで脳梗塞が検出されており、特に非局所神経症状を呈する後方循環系のTIA症例においてはABCD2スコアでは脳梗塞リスクの層別化が困難であることが示されています(Taguchi, Shima)。ABCD2スコアは、高得点の場合に脳梗塞発症リスクが高いことが示されますが、低得点だからと言って安全とは言えない点に注意が必要です。
以上のことから今回の青ツールでは、リスク層別化にABCD2スコアを用いないこととしました。

1) https://www.strokebestpractices.ca/recommendations/secondary-prevention-of-stroke/triage-and-initial-diagnostic-evaluation-of-transient-ischemic-attack-and-non-disabling-stroke (Accessed on 3 March, 2023)
2) Ann Emerg Med 2016; 68:354-370/
3) Tuna MA et al. Lancet 2021 Mar 6;397(10277):902-912.
4) Whiteley WN et al. Stroke. 2022 53 (11): 3419-3428.
5) Kleindorfer DO et al. Stroke. 2021 Jul;52(7): e364-e467.
6) https://www.nice.org.uk/guidance/NG128 (Accessed on 3 March, 2023)
7) https://www.strokebestpractices.ca/recommendations/secondary-prevention-of-stroke/triage-and-initial-diagnostic-evaluation-of-transient-ischemic-attack-and-non-disabling-stroke (Accessed on 3 March, 2023)
3) Taguchi H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2016 Apr;25(4):745-51.
4) Shima H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2022 Jan;31(1):106185.
Bradley D, Cronin S, Kinsella JA, et al: Frequent inaccuracies in ABCD2 scoring in non-stroke specialists’ referrals to a daily Rapid Access Stroke Prevention service. J Neurol Sci 15:30-34, 2013

Q9

どのような症状があれば脳卒中の前触れの症状と考えるべきか

運動麻痺、言語障害が主な脳卒中の前触れの症状とされてきましたが、視覚障害、失調等の症状も脳卒中の前触れと考えるべきです。

Tunaらは、運動麻痺、言語障害、構音障害、半盲、単眼の視覚障害で発症した典型的TIA群(すなわち局所神経症状)と、回転性めまい、失調、複視、構音障害、両側性視覚障害、体の一部のみの半側知覚障害で発症した非典型的TIA群(すなわち非局所神経症状)を比較したところ、両群において同等の脳梗塞発症リスクがあることを示しました。特に、ABCD2スコアで示されている片麻痺、言語障害以外の非局所神経症状についても、脳卒中の可能性がある症状として留意すべきです。前出の通り、我々の研究においても、ABCD2スコア0~2点の群のうち4.7%, 3~4点の群の24.1%にMRIで脳梗塞が検出されており、特に非局所神経症状を呈する後方循環系のTIA症例においてはABCD2スコアでは脳梗塞リスクの層別化が困難であることが示されています(Taguchi, Shima)。
脳卒中疑い患者に対する外来での簡便な診察手技について、本青赤ツールで動画QRコードを掲載しておりますのでご参照いただけましたら幸いです。

1) Tuna MA et al. Lancet 2021 Mar 6;397(10277):902-912.
2) Taguchi H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2016 Apr;25(4):745-51.
3) Shima H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2022 Jan;31(1):106185.
4) 動画URL

Q10

市民向け脳卒中啓発で、FAST, BE- FASTと標語が作られているが、何が違うのか。

FASTが局所神経症状を反映しているのに対し、BE-FASTは非局所神経症状を反映したものです。BE-FASTのBEとは、B: balance(平衡感覚), E: eyes(視覚)です。BE-FASTを用いることにより、非局所神経症状で発症する椎骨脳底動脈系脳卒中患者を漏らさずに治療介入に結びつけることが期待されます。

米国心臓協会/米国脳卒中協会(AHA/ASA)は2014年、プレホスピタルの意識向上キャンペーンの一環として、脳卒中の警告サインを認識できる「FAST」を広めることを推奨しました(1、2)。F: face(顔の片側麻痺)、A: arm (片麻痺)、S: speech (呂律不良、失語)、 T: time (上記のいずれかがあれば、症状消失後でも直ちに電話、救急受診)の頭文字を組み合わせています。
FASTは、脳卒中の初期対応として、顔面神経麻痺、上肢Barreサイン、言語評価という3つの神経所見をとってもらい、直ちに(FAST)緊急受診行動をとる様、英語圏の一般市民が覚えやすい形で作成された標語です。しかし、顔面の麻痺と上肢の片麻痺だけでは、椎骨脳底動脈系の症状がとらえられません。椎骨脳底動脈系の脳虚血は、明確な局所神経症状ととらえ難い、めまいふらつき、複視、視野の障害、下肢脱力感等として出現することもあり、見逃されやすいことが指摘されています。BE-FASTは椎骨脳底動脈系の症状も見逃さないことを目的に、BalanceとEyeの症状を加えて標語としたものです。脳卒中患者のうち、FASTの基準を14.1%は満たさなかったが、BE-FASTの基準を満たさなかったのは2.6%にとどまった、と報告されています(Aroor)。BE-FASTも英語圏の市民には想起しやすい標語ですが、本ツールでは、BE-FASTを「顔・腕・言葉に目とふらり」と日本語表記とし、日本人の医療者に馴染みやすいように改変しました。
 
1) https://youtu.be/qGUaEUQddME (Accessed on 3 March, 2023)
2) https://www.m3.com/clinical/news/264433? (Accessed on 3 March, 2023)
3) Aroor S. Stroke. 2017; 48: 479-481.

Q11

ACVSの暫定診断を下した場合、専門医への紹介はどのタイミングで、どこに紹介すべきか

特に発症48時間以内は脳卒中発症リスクが高いため、直ちに画像評価および専門医による治療介入が望まれます。

 ACVS/TIA発症後、48時間以内は脳梗塞発症リスク3.5%, 7日以内で5.2%と報告されています。このため、発症48時間以内は直ちに専門医への紹介および画像評価、治療介入開始をすべきです。48時間を超えても、7日以内は脳梗塞発症のリスクが高いため、速やかな専門医への紹介が望ましいと考えられます。紹介先を脳神経クリニックとするか脳卒中センターとするかは、患者の緊急性のみならず地域の医療資源にも大きく関係するものと思われます。各地域の連携の会などで青ツールを活用して、日ごろから“顔の見える連携”を作ることが実効性を高める上で有用と思われます。

1) https://www.strokebestpractices.ca/recommendations/secondary-prevention-of-stroke/triage-and-initial-diagnostic-evaluation-of-transient-ischemic-attack-and-non-disabling-stroke (Accessed on 3 March, 2023)
2) Rothwell PM et al.: EXPRESS study: Early use of Existing Preventive Strategies for Stroke. Lancet 370 (9596): 1432, 2007
3) Wu CM et al. Arch Intern Med 2007; 167: 2417-2422.
4) Johnston SC et al. JAMA 2000; 284: 2901-2906.
5) Giles MF et al. Stroke 2010; 41: 667-673.

Q12

2週間以上経過したACVS患者は、どのように対応すべきか

発症後2週間以上経過して来院したACVSであっても適切な診断を行い、可及的速やかにリスク評価、治療介入につなげるべきです。

頭部MRI拡散強調画像で、新鮮脳梗塞は発症2-4週間で信号強度は正常値となり、画像上描出されなくなります(五明ら)。一方、Framingham Heart Studyのコホート研究で、TIA発症後の脳梗塞発症は、21.5%が0-7日、30.8%が0-30日、39.2%が0-90日、48.5%が1年目以降の間に発生し、中央値は601日であったと報告されています(Lioutas)。2週間経過してMRIで新鮮脳梗塞が確認できない時期のACVSであっても脳梗塞発症リスクは継続して存在しておりますので、可及的速やかにリスク評価、治療介入につなげるべきであると考えられます。

1) 五明美穂ら. 臨床画像 1999; 35(9) 1021-1030.
2) Lioutas VA et al. JAMA. 2021;325(4):373-381.

Q13

ACVS/TIAの高リスク指標はどのようなものがあるか

今回の青ツールでは、発症から48時間以内、1週間に2回以上の発作(crescendo)、心房細動、明確な局所神経症候の病歴の4項目を高リスク指標としています。

我々の研究(COMBAT-TIA研究)では、TIA後の脳梗塞発症の高リスクカテゴリー指標(心房細動、頚動脈狭窄、クレッシェンドTIA(1週間で2回以上のTIA発作)、局所神経症状、ABCD2スコア4点以上)の5項目のうち1つ以上がある群が、ない群に比べて1年間の脳梗塞発症リスクが有意に高いことを報告しました(Taguchi)。しかし、ABCD2スコアは、前述のQ4に記載の通り、ABCD2スコア低値であれば安全なTIAであるという誤った判断につながりうるため、今回のツール改訂で削除しました。またこれまでの青ツールで取り上げていた頚動脈狭窄は、初療段階で頚動脈エコーを直ちに施行できることはむしろ稀であること、病側との関係を考慮せねばならないこと等から削除しました。ただし、頚動脈高度狭窄が脳梗塞発症リスクであることは変わりがないため、頚動脈高度狭窄の評価方法について専門医向けの赤ツールの改訂版に掲載することとしました。また、TIA 後の脳梗塞のうち17%はTIAの当日、9%は翌日とされ,(Rothwell 2005)、48時間以内に脳梗塞に移行しやすいため、発症48時間以内を新たに高リスク指標に加えました。

1) Taguchi H. et al. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2016 Apr;25(4):745-51.
2) Rothwell 2005

Q14

頚動脈エコーはどのように評価すべきか

脳梗塞・TIAの原因となった症候性頚動脈高度狭窄(70~99%狭窄、NASCET法)では、内科的治療に加えて頚動脈内膜剥離術(CEA)や頚動脈ステント留置術(CAS)の対象となり得ます。狭窄率のみならず、狭窄部のプラーク性状も脳梗塞発症リスクに関与しうるため、プラークの性状評価も重要です。

 症候性頚動脈高度狭窄(70~99%狭窄、NASCET法)では、抗血小板療法を含む最良の内科的治療に加えて、頚動脈内膜剥離術(CEA)や頚動脈ステント留置術(CAS)の対象となり得ます(宮本, Barnett, Gurm)。頚動脈狭窄において、プラーク内出血がある場合は、ない場合に比べて脳梗塞発症リスクは約10倍とされています(Schindler)。また可動性プラークがある頚動脈狭窄では、可動性プラークがない症例よりも脳梗塞発症リスクが高いとされています(Kume)。このため、症候と同側の脳梗塞・TIAを来した70%以下の頚動脈狭窄であっても、MRI、頚動脈エコーなどによるプラーク診断が有用です。高リスクと考えられる頚動脈エコーの所見については、本赤ツールに動画が参照できるQRコードを記載しておりますので、ご覧ください。

1) 日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会 編:脳卒中治療ガイドライン2021 、協和企画、2021: pp. 88-89.
2) Barnett HJ et al. N Engl J Med 1998; 339:1415-25.
3) Gurm HS et al. N Engl J Med 2008; 358:1572-9.
4) Schindler A et al. JACC Cardiovasc Imaging 2020; 13: 395-406.
5) Kume S et al. Neurosurg Rev 2010; 33: 419–430.
6) 動画

Q15

超急性期脳梗塞治療にはどのようなものがあり、何時間以内に対応すべきか

発症4.5時間以内の遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベータ(rt-PA, アルテプラーゼ)の静脈内投与、発症6時間以内の機械的血栓回収療法が考慮されます。神経症候と画像診断により、最終健常確認時間より16~24時間以内に機械的血栓回収療法を行う場合があります。

遺伝子組み換え組織型プラスミノゲン・アクティベータ(rt-PA, アルテプラーゼ)の静脈内投与(0.6mg/kg)は、発症4.5時間以内に治療可能な虚血性脳血管障害で慎重に判断された患者に対して勧められます。
 発症早期の脳梗塞では、①内頚動脈または中大脳動脈M1部の急性閉塞、②発症前のmRSスコアが0または1、③頭部CTまたはMRI拡散強調画像でASPECTSが6点以上、④NIHSSスコアが6以上、⑤年齢18歳以上、のすべてを満たす症例に対してrt-PA静注療法を含む内科治療に追加して、発症から6時間以内に(可及的速やかに)ステントリトリーバーまたは血栓吸引カテーテルを用いた機械的血栓回収療法を開始することが勧められます。
 最終健常確認時刻から6時間を超えた内頚動脈または中大脳動脈M1部の急性閉塞による脳梗塞では、神経症候と画像診断に基づく治療適応判定を行い、最終健常確認時刻から16時間以内に機械的血栓回収療法を開始することが勧められます。また、16~24時間以内に同療法を開始することは妥当です。

1) 日本脳卒中学会脳卒中ガイドライン委員会 編:脳卒中治療ガイドライン2021 、協和企画、2021: pp. 57-63.